着物

今日は、七五三。今では、10月から11月の間でおこなわれているのですが、昔は11月15日でした。

その理由は、旧暦の11月が、実りを神に感謝する月であったこと。さらに旧暦15日は、二十八宿で「何事をするにも吉」とされる鬼宿日に当たったことから決められたそうです。

数え年で、男の子は3歳と5歳。女の子は3歳と7歳に、子供の成長を祝って神社やお寺に参詣します。

3歳は髪を伸ばす「髪直」、5歳は初めて袴をつける「袴着」、7歳は本仕立ての着物と丸帯という大人の装いをする「帯解」をそれぞれ祝う意味があるそうです。

このため、着物の日でもあります。七五三の日に、家族そろって着物で出かけてほしいとの願いから。

先日も、京都の石清水八幡宮に訪れた際に、七五三を祝う家族を見ました。

裏鬼門にあたる男山にあるせいか、男の子を連れた家族が目立ちました。もちろん、女の子を守る神様の社もありますので、ご安心を。

鬼門にあたるのは、比叡山延暦寺。ともに国を守護する場所。

このため、厄除けで有名。それだけでなく、勝負の神様としても。

成長したことを祝うとともに、勝負強さも願っているのかもしれません。

大切なのは、お金持ちのところに生まれるよりも、勝負強く行動できることだと思うので。

医者や政治家、芸能人の子供とか。成長する環境や機会をうまくいかすことが出来れば、たしかに収入をえる近道になるかもしれない。

だけど、お金があるよりも、なかったり与えられないほうが、自己成長する機会があたえられ、自分の力で生きていく力も身につく可能性は高い気がしませんか。

私の家庭も裕福ではなかったので。おもちゃやゲームを買ってもらえる友人がうらやましかった時代があります。

父親は、特に厳しくて。おこずかいなんか、ほとんどくれることがない。自営業だったので、働けば給料として、お金をもらえるくらい。

成績が良かった時も、外食に連れて行ってくれたことはあるけれど。テストの点数がよかったら、買ってほしいものがあるという要望は聞き入れてくれませんでした。

その時には、本当に悔しかったし。私のことは好きじゃないんだと思っていました。

でも、大人になって。さまざまな経験や学びを経て。父親の行動が、私に対して正しいことばかりだったことに気づきました。

あの経験がなかったら、私は今でも親のすねをかじって暮らしていたかもしれません。親がいなくては、生きていけなかったかも。

七五三の記憶はありませんが、そのときの写真がのこっていたのは今でも覚えています。

実家にあるはずですが、私の手元にはありません。

それでも、心のなかにあるので、いつでも思いだすことが出来ます。

幼いころ、額縁にいれて飾られていたから。高校生くらいに一人暮らしをはじめるまで、毎日のように見ていたからかもしれません。

今日まで、そんなこと。すっかり忘れていました。

家族みんなで、七五三参り。石清水八幡宮でみた家族も、みんな笑顔でした。

子供には、それが伝わっているか分かりませんが。きっと、その想いの伝わる日はくると思います。

まだ背丈が、親の半分にも満たなくて。ときに抱きかかえられる姿。

見ることができて良かったな。大切なことを思い出させてくれてありがとう。

見ず知らずの家族から、与えてもらった幸せ。

相手は、もちろん気づいていないと思うけれど。

見ているだけで、ひとを幸せにできる。

ひとの喜びも、自分の幸せにかえられる。

そんな生き方を、これからも大切に過ごしていきたいと思います。

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