今日は、障がい者の日でした。
1975年12月9日、国際連合の総会において「障害者は、その障害の原因、特質及び程度にかかわらず、市民と同等の基本的権利を有する」という障害者の権利に関する決議が採択されたことから。1981年11月28日、国際障害者年を記念し12月9日を障害者の日とすることを決定しました。
現在は、国際障害者デーである12月3日から12月9日までの1週間を障害者週間とすることが2004年に決まったため、障害者基本法にも「障害者の日」という言葉は残っていないそうです。
みなさんは「障がい」というと、どんなことが思い浮かびますか。
自分が、何かをしようをしても、立ちはだかる壁のような存在。上記には、当時の言葉で記載していますが、今は漢字では書かず「障がい者」としています。
自分が、その立場だったら、どう思うか。そう考えれば、当然のことだと思います。
そのひとに罪はなく、一生懸命に生きている。ただ、どこかしら他の人と違うことがあるため、誰かの助けが必要になっている存在なだけ。
よくよく考えると、自分たちだって、そのなかの一人なのかもしれません。
目がよく見えないから、メガネやコンタクトレンズをつけていたり。
勉強や、仕事で苦手なところを他の人に教えてもらったり、助けてもらうとか。
誰かが、発明してくれたものがあるから。自分で何かしらの解決策を考えられるから、そう見えないだけとも言えるのではないでしょうか。
少子高齢化という言葉を最近よく耳にするようになりましたが、年を重ねるごとに出来なくなることも増えてくる。
老眼になったり。耳が聞こえづらかったり。身体が思うように動かなくなったり。
誰もがとおる道だと思うけれど。世間には、それを理解しておらず、救いの手を差しのべてくれない人たちも少なくない。
特に、首都圏などでは。そう思いませんか。
健康寿命という言葉もあるとおり、自身で出来るウォーキングや運動をする人も増えましたが。
大切なのは、助けてくれる人がいるということではないでしょうか。
障がい者に関わる職についているひとはもちろんのこと。介助士や介護してくれるひとたち。ボランティア活動をしている皆さんも本当にありがたい存在ですし、素晴らしいことだと思います。
国では、そのような職種に関わる人の給与をあげることも検討してくれているようですが。
私たちに出来ることは、何でしょうか。
駅で、最近アナウンスが流れていますが。「何かお困りの方がいたら、助けてあげてください」というもの。
コロナウィルスの感染者数が減ったことにより、公共交通機関を利用する人も、ずいぶんと増えた気がします。
だから、そんな時に困っている人を助けられるくらい、時間に余裕をもった行動をするとか。
そもそも、人助けができるくらい。心にゆとりをもつ生活をすることが大切かもしれません。
お金や、人間関係。睡眠不足など、健康状態がよくないと心にゆとりなど生まれなくなってしまうから。
人と比べて「ねたむ」、「ひがむ」、「うらやむ」とかの感情が生まれないようにする。自分の豊かさに集中する。
今あるものを大切に。仕事、生活、健康など。自分が恵まれていると思うことを見つけてみる。
そうすれば、きっと誰かを助けることが出来る存在であることにも気がつけるし。
「あなたのおかげ」だと感謝する人も増えるはず。
それこそ、自分が今を生きている証になるのではないでしょうか。
自分が助けてもらえていること。誰かを助けることが出来たもの。
そんなところにも、目を向けてみる日にしてみるものいいかもしれませんね。