最澄

今日は、米の日。

米という漢字を分解すると八十八になることから。

お米。昔はよく食べたけれど。最近は糖質が気になることもあり控えています。

食べるとしても五穀米とか。七穀ぼたもち。お寿司を食べる時などでしょうか。

どんぶり物も美味しいんですけどね。あとは焼き肉や餃子を食べているときのライスも。何杯でも食べられると思います。

食べすぎは良くないですが。幸せを感じられるなら、たまにはいいかもしれませんね。

そして今日は、最澄が生誕した日でもあります。

最澄と言えば、空海とともに遣唐使として、中国の唐に渡ったことで有名。

比叡山にこもり修行をし。

天台を学ぶのに経典や本だけでは満足できず。

1か月ちかく遭難したことを経て、ようやくたどり着いた。4隻ちゅうの2隻は遭難するくらい危険をおかして。

日本に戻られてからは、思わしくない症状だった桓武天皇に御祈祷するなどし、天台宗へ僧侶を年に2名あたえられることになりました。

その後は、さまざまな苦労をされて。長年の願いだった、比叡山上での僧侶となる儀式は亡くなられた7日後に、ようやく許可が下りました。

今年の6月4日には延暦寺で、入寂後1200年の大遠忌法要がとり行なわれたそうです。

空海との関りや、お弟子さんとの出来事など。これだけの偉業を成し遂げたかたでも、たくさん苦労をし危険をおかしてきました。

危険をかえりみず、自身の想いを貫いたからこその偉業ともいえます。

だからこそ、お弟子さんたちにも受け継がれ、1200年たった今でも比叡山で修行されています。

私も大人になってから、最澄の歴史について学んだのですが。本当にすごいと思いました。

その後に行った比叡山や、神護寺などにいったときも何とも言えない気持ちがあふれてきます。

あの時代に、この山にこもり修行したなんて。想像もつきません。

ものすごい精神力です。

今は、こんなに便利で。こんなに自由があるのに。

挑戦できていない自分を恥ずかしく思います。

自分は、何のために生まれてきたのか。

誰かの役に立てているだろうか。

嬉しいことに、それを認めてくれる人がいます。

出会ってくれて本当にありがたく思います。

ひとと比べるのは良くない。見習うのはいいけれど。

お金と一緒。立場も上を見たら、きりがないから。

自分らしく、誰かのためになれていればいい。

それを確実に積み重ねていけば。

生きていてくれてありがとう。

一緒の時間を過ごせて嬉しいと思ってもらえるように。

自分らしく生きているのに。そんな風に想ってくれる。そんな幸せなことはないから。

私が誰かのことをそう想っているのと同じ。

あなたらしく、素敵なところがいい。

すこし生まれた時代や、育った環境が違えば出会えなかった。

めぐり会えただけで奇跡だから。

これからも出会いを。価値観のあう人たちとの時間を大切に生きていこうと思います。

お弟子さんではないけれど。自分が大切にしている想いが、誰かの心のなかで生き続けますように。

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